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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)9907号 判決

昭和四二年(ワ)第九、九〇七号事件原告

昭和四三年(ワ)第一〇、四六四号事件被告 丹羽しま

右訴訟代理人弁護士 森本寛美

昭和四二年(ワ)第九、九〇七号事件被告

昭和四三年(ワ)第一〇、四六四号事件原告 丹羽直之

右訴訟代理人弁護士 檜山雄護

昭和四三年(ワ)第一〇、四六四号事件被告 丹羽寿美江

右訴訟代理人弁護士 森本寛美

主文

1  昭和四二年(ワ)第九、九〇七号事件について、原告丹羽しまの請求はこれを棄却する。

2  昭和四三年(ワ)第一〇、四六四号事件について、原告丹羽直之の請求は、いずれもこれを棄却する。

3  訴訟費用はこれを三分し、その一を右原告丹羽しま(昭和四三年(ワ)第一〇、四六四号事件被告)の負担とし、その余を右原告丹羽直之(昭和四二年(ワ)第九、九〇七号事件被告)の負担とする。

事実

昭和四二年(ワ)第九、九〇七号事件(以下「第九、九〇七号事件」という)原告・昭和四三年(ワ)第一〇、四六四号事件(以下「第一〇、四六四号事件」という。)被告丹羽しま、第一〇、四六四号事件被告丹羽寿美江訴訟代理人は、第九九〇七号事件について、「被告丹羽直之は原告しまに対し、別紙物件目録四記載の建物を収去して、別紙同目録二記載の土地部分の明渡しをせよ。訴訟費用は被告直之の負担とする。」との判決を求め、第一〇、四六四号事件について、主文第2項同旨および「訴訟費用は原告直之の負担とする。」との判決を求めた。

第九九〇七号事件被告・第一〇、四六四号事件原告直之訴訟代理人は、第九、九〇七号事件について、主文第1項同旨および「訴訟費用は原告しまの負担とする。」との判決を求め、第一〇、四六四号事件について、「1原告直之と被告しま、同寿美江との間において、別紙物件目録一記載の土地が原告直之の所有に属することを確認する。2被告しまは原告直之に対し、右土地について所有権移転登記手続をせよ。3被告しまは、原告直之に対し、別紙物件目録五記載の建物より退去して同目録三記載の土地部分の明渡しをせよ。4被告寿美江は、原告直之に対し右建物および別紙物件目録六記載の車庫を収去して右土地部分の明渡しをせよ。5なお、右第4項が認められないときには予備的に被告しまは原告直之に対し、原告が前第2項の所有権移転登記を受けると同時に右第4項記載の建物および車庫を収去して同項記載の土地部分の明渡しをせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および右第3ないし5項につき仮執行の宣言を求めた。

第九、九〇七号事件原告・第一〇、四六四号事件被告しま、第一〇、四六四号事件被告寿美江訴訟代理人は、第九、九〇七号事件の請求原因として、

「一 別紙物件目録一記載の宅地(以下「本件土地」という。)は、もと訴外浅田玄太郎の所有するところであったが、原告しまの夫訴外良之は昭和二五年三月二八日本件土地を右訴外浅田より買い受け、同日原告しまにこれを贈与し、同年四月三日、原告しまのために、同人が直接右訴外浅田から買い受けた形式をとって所有権移転登記が経由された。

二1 ところで、原告しまは、その二男である被告直之に対し、本件土地のうち、その北側にある別紙物件目録二記載の土地部分(以下「本件第二土地部分」という。)について、昭和四一年一二月ころ、被告直之が本件第二土地部分を敷地として、別紙物件目録四記載の建物(以下「本件第四建物」という。)を新築、所有するにあたり、これを期限の定めなく無償で使用することを承認した。

2 しかして、原告しまが被告直之に対し、本件第二土地部分を無償で使用することを了したのは、当時被告直之が過去二回の結婚生活に失敗したのを不憫に思い、漸く三度目の結婚生活に入って物心両面にわたり人生の安定を図ろうとしているのを心から喜んだからにほかならないのであって、その背景は結局親子関係を基礎とした特殊な信頼関係に基づくものであるところ、被告直之は本件第四建物の建築後は本件土地はすべて同人の所有に属すると主張し、本件土地の東西両側に万年塀またはブロック塀を築いて、原告しまの使用を妨げ、原告しまに対しては子としての一片の扶養義務を尽さないのは勿論、暴力を振ったり、話合いをしようとする原告しまにこれを押し返して取り合わず「土地問題に関しては親子ではない。」などと暴言を吐いたりし、本件土地上に居住する原告しまおよび同居の二女寿美江(第一〇、四六四号事件被告)らに対し追い出しを図るため、同人らに恐怖感を与えるような言動を日夜繰り返えすなどし、このような被告直之の背信行為により、前記のような土地の無償使用関係の基礎となる原告しまと被告直之の信頼関係は破壊されるに至ったので、原告しまは被告直之に対し、昭和四二年七月三日付の内容証明郵便により本件第二土地部分の使用貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、右郵便は同月四日被告直之に到達したので、右同日をもって右使用貸借は解除され、終了した。

したがって、原告しまは右使用貸借終了に基き被告直之に対し、本件第四建物を収去して本件第二土地部分の明渡しをすることを求める。」

と述べ、第一〇、四六四号事件の答弁として、

「一 原告直之の請求原因第一項の事実のうち、原告直之が本件宅地を買い受けたとする点、および被告しまが原告直之主張のような経過で、ほしいままに本件土地の所有権移転登記をなしたとする点は否認する。

二 同第二項の事実のうち、被告寿美江が原告直之主張の建物および車庫を所有し、被告しまが右建物に居住していることは認める。」

と述べ(た。)≪証拠省略≫

第九、九〇七号事件被告・第一〇、四六四号事件原告直之訴訟代理人は、第九、九〇七号事件の答弁として、

「一 原告しまの請求原因第一項の事実のうち、本件土地の登記簿上のもと所有者が訴外浅田であったこと、原告しまが本件土地についてその主張のような登記を経由していることは認めるが、その余の事実は否認する。

二1 同第二項1の事実のうち、被告直之が本件第二土地部分に本件第四建物を建築し現に同人がこれを所有してこれに居住していることは認めるがその余の事実は否認する。

2 同項2の事実のうち、被告直之が本件土地はすべて同人の所有権に属する旨主張し、本件土地の東西両側にブロック塀を築いたこと(ただし、西側については本件第四建物の敷地に相当する部分のみ)、原告しま主張のような内容証明郵便がその主張の日に被告直之に到達したことは認めるが、その余の事実は否認する。」

と述べ、第一〇、四六四号事件の請求原因として、

「一 本件土地の登記簿上のもとの所有者は前記のとおり訴外浅田であったが、当時これと訴外財団法人ビルマ互助会との間にこれが所有権をめぐって紛争があり、原告直之は昭和二四年中に右訴外法人から本件土地を買い受けたものの右のような紛争があったことからその後関係者と種々接衡した結果、結局右訴外浅田から直接本件土地の所有権移転登記を受けることとなり、原告直之はこれが登記手続方を被告しまに委任したところ、同被告は、ほしいままに自己名義に本件土地につき前記のような所有権移転登記をなした。

二 右のとおり、本件土地の所有権は原告直之に属するものであるところ、なんらの権原もなく、被告寿美江は本件土地のうち別紙物件目録三記載の土地部分(以下「本件第三土地部分」という。)に別紙物件目録五記載の建物(以下「本件第五建物」という。)および同目録六記載の車庫(以下「本件車庫」という。)を所有して本件第三土地部分を占有し、被告しまは本件第五建物に居住し、右土地部分を占有し、かつ、右被告らは直之の本件土地所有権を争っている。

よって、原告直之は被告しまおよび同寿美江との間で、本件土地の所有権が原告直之に属することの確認を求めるとともに、被告しまに対し本件土地についての所有権移転登記手続を求め、さらに本件土地の所有権に基き、被告しまに対し本件第五建物より退去して本件第三土地部分の明渡し、被告寿美江に対し本件第五建物および本件車庫を収去して本件第三土地部分の明渡しを求め、右被告寿美江に対する収去明渡について、かりに原告直之が同原告に本件土地について登記がなく対抗できないとしても少くとも同原告が本件土地について前記のような所有権取得登記を経由すると同時に対抗要件を具備することとなるから、右収去明渡については予備的に原告直之が前記所有権移転登記を受けると同時に右収去明渡を求めるものである。」

と述べ(た。)≪証拠省略≫

理由

一  本件土地所有権の帰属について

1  本件土地について、第九、九〇七号事件原告、第一〇、四六四号事件被告しま(以下「しま」という)のためにその主張のような所有権移転登記が経由されていることは当事者間に争いがない。

2  そして、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実を認めることができる。

しまの夫訴外良之(昭和二九年四月死亡)は内科の開業医であったもので、昭和二〇年ころより、その一家である妻しま、二女寿美江、三女訴外孝子らは杉並区内で借家住いをしていたものであり、一方その二男である第九、九〇七号事件被告、第一〇、四六四号事件原告直之(以下「直之」という)のはその後外地より復員し、右一家と同居することとなったが、昭和二二年ころ結婚して他に別居し、その後間もなく離婚するに至って再び右家族と同居するなどしていたところ、右訴外良之は昭和二四年ころになって、右借家の貸主から明渡し方を要求されるようになり、一家の移転先を物色していたが、そのころ、訴外財団法人ビルマ互助会が建売住宅の買主を募集をしているのを広告で知り、これに応募して右訴外法人と折衝した結果、本件土地上に建築された木造瓦板葺平家建居宅一棟(床面積四一・六五平方メートル(一二坪六合)、昭和二四年一一月一四日建築)をしま名義で購入し、そのころ、右訴外良之一家は右建物に入居するに至り、その後右建物は昭和三四年八月二八日付をもって、しま名義で保存登記が経由されたが、一方その敷地である本件土地は右建物の購入当時訴外浅田玄太郎の所有であったものであり、そのころ右訴外人は新潟に在住していたことから、右訴外良之は、その代理人である不動産業者の訴外塩田某と折衝した結果、昭和二五年三月二八日本件土地を金二万二、〇〇〇円で買い受けることとなりそのころ右代金を右塩田に支払ってこれが所有権を取得したが、妻しまの老後のことを考え、これを同人に贈与したうえ、これが所有権移転登記の名義人をしま名義とすることとし、登記関係の手続は一切を前記訴外塩田に任せ、同訴外人はこれが登記手続を司法書士訴外斉藤周平に依頼して前記1記載のような所有権移転登記がなされるに至った。

以上の事実を認めることができる。

直之は本件土地は自己が昭和二四年ころ前記訴外財団法人ビルマ互助会から買い受けたものであり、右登記はしまに対し直之名義の移転登記手続方を委任していたところ、しまがほしいままに自己名義でなしたものであると主張し、なるほど直之の本人尋問の結果(第一、二回)中にはこれにそうかのような供述部分があるが、しかし、一方右尋問の結果中には、本件土地の売買契約の相手方あるいは右契約締結に直接あたったか否かの重要な点について、記憶がない旨の供述をしている部分もあり、また直之は、本件土地の登記手続がしま名義になされたとする点について、その理由につき、自己ないしはその妻が記載した甲第四号証の一(内容証明郵便)、甲第九号証の二(調停申立書の趣旨記載欄)の記載内容と矛盾する供述をしたり、さらにその点の供述が転転と変わる、など直之の本人尋問の結果は全体として不明な点があるうえ、その主張にそう前記供述部分は前掲各証拠に照らすと信を措くことができず、他に前記認定を覆えし、直之主張の事実を認めるに足りる適確な証拠はない。

3  そうすると、しまは昭和二五年三月二八日その夫訴外良之から、同人が同日訴外浅田玄太郎から買い受けた本件土地につき贈与を受けその所有権を取得したものというべきであるから、直之の、同人が本件土地の所有者であることを前提とする、しまおよび寿美江に対する請求は、その余の点を判断するまでもなくいずれも理由がないことが明らかである。

二  しまの使用貸借契約解除の主張について

1  ≪証拠省略≫を総合すると、しまの一家は前記訴外良之の死亡後も本件土地上にある前記ビルマ互助会から購入した建物に居住していたが、昭和三四年ころ本件土地のうち、その南側にある本件第三土地部分に寿美江が建築した本件第五建物に移転し、一方、直之はかねて住宅金融公庫に住宅建設資金の融通方を申込んでいたところ、これが承認されたことから、しまに対し、昭和四一年一〇月ころ、住宅建設敷地として本件土地のうちその北側の空地部分の使用の許可を求めたところ、しまも同空地部分は格別これを利用する計画もなかったところから、格別の条件を付することなくこれを無償で使用することを承諾し、これに基き直之は、昭和四二年一月、本件土地のうち、その北側にある本件第二土地部分に本件第四建物を新築し、同年二月一六日右建物につき自己名義で所有権保存登記を了したことを認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

右事実によれば、本件土地所有者であるしまと直之との間で昭和四一年一二月ころ、本件土地のうち、本件第二土地部分につき、親子間の情誼に基き、少くとも黙示的に期限の定めのない、使用目的を直之が建築し、その一家の住居として使用される建物(本件第四建物)所有のためと定めた使用貸借契約が締結されたものというべきである。

2  ところで、しまは直之の背信行為により、しまと直之の信頼関係は破壊されるに至ったから、前記使用貸借契約を解除する旨主張するので、検討するに、≪証拠省略≫によると、前記のとおり直之は本件土地のうち、その北側にある本件第二土地部分に昭和四二年一月本件第四建物を新築し、そのころ妻子とともにこれに入居するに至り、一方しまは前記のとおり本件の土地のうち、その南側にある本件第三土地部分にある寿美江名義の本件第五建物に右寿美江らとともに居住していたが、直之が右のとおり本件第四建物に入居したころは、しまと直之の親子関係は、直之が出張がちなためとかく話合い等の機会がなかったもののそれでもごく普通のものであったが、その後直之が右両建物の間にあって、当時空屋になっていた前記良之購入にかかる建物を取り壊した際、その残材がしまの方の建物の勝手口の出入りに邪魔になるとして、しまが直之に善処方を申し入れたことから口論となって、爾来、両者の間はとかく、いさかいが生ずるようになり、昭和四二年三月ころしまおよび寿美江らが前記両建物の空地の直之方建物側寄りに直之に相談することなくブロック塀を建築したことや、寿美江が右空地部分にこれも直之に相談することなく本件車庫を建築したが、直之が右建築は建ぺい率違反として所轄区役所に連絡した結果、右区役所担当官から寿美江が無届建築、建ぺい率違反として注意を受けたことなどがあり、また直之が本件土地と西側道路部分との境に防犯上ブロック塀を築いたが、これが、寿美江所有の本件車庫付近まで及ぶに至ったことなどから、さらに一層しまおよび寿美江らと直之は互に反目対立するようになりこれらの対立をめぐって、直之はしまや寿美江らに暴言を吐くことがあったり、しまと同居している弟を殴打するようなこともあって、警察官から注意を受けることもあり、寿美江ら妹弟との兄妹、兄弟関係、それに伴ってしまとの間の親子関係も漸次悪化するに至り、その間直之は昭和四二年六月二〇日東京家庭裁判所に親族間の紛争調整の調停を申し立てたが、右調停事件が進行中にしまが本件九九〇七号事件の訴を提起するに至り結局右調停もその後不成立となり、現在もしまは寿美江らより扶養され直之はしまに対し格別経済的援助をせず、互に隣同志に住みながら、口もきかず反目対立しているなどの事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、使用貸借契約は契約当事者相互間の信頼関係にその基礎を置くものであり、借主側に信頼関係破壊の行為があれば、貸主側はこれのみを理由として、当該使用貸借契約を解除しうるものと解すべきであるが、右のような信頼関係破壊の行為それ自体が解除原因となるのは、使用貸借については特にその無償性に基き、契約上の法律的な借主の権利義務の履行が信義則に基いてなされるべきであるから、これが法律上の義務違反があり、信義則上使用貸借契約を維持することが困難であることに基づくものであり決して使用貸借契約が、無償であり、かつ、恩恵的であることを理由に貸主側の好意を無視した行為があるということのみをもって解除原因とすることは許されないものというべきである。

これを本件について見るに、前記認定事実によれば、しまおよび寿美江らと直之は互いに円満な親族関係を築きあげるべきであったのにかかわらず、反目対立し、その間に親子、兄妹関係の情誼が失われるに至り、その原因はさて措き、直之に子として親であるしまに対する態度にやや遺憾な点があることを窺い知ることができるが、しかし前記認定事実をもってしても特に直之に使用貸借上の借主としての法律上の義務につき、信義則上使用貸借を維持するに困難な違反行為があったものと断ずることはできず、他に右のような義務違反行為の認められない本件においては、いまだ右のような直之のしまに対する所為ないしは態度をもって、直ちに右使用貸借契約を解除することはできないものといわなければならない。

(なお、しまの右解除の主張を民法第五九七条第二項但書の類推適用による解約の主張とみても、本件使用貸借は直之の新築した建物の所有を、目的とするものであり、しまが直之に対して解除の意思表示(解約の告知)をしたのは昭和四二年七月四日(右の日に右意思表示があったことは当事者間に争いがない)であって、前記認定の右使用貸借契約成立の日から僅か七か月余を経過したのみであり、その他しまに本件第二土地部分についてこれを利用しなければならない差し迫った事情も窺えない本件については前認定の使用貸借契約締結当時の事情、右解約によって本件第四建物を収去しなければならない直之およびその一家の事情等をも併わせ斟酌すると、前記法条による解約もできないものと解すべきである。)

3  そうすると、しまの右使用貸借契約の解除の主張はその解除原因を欠き、採用するに由ないから、右解除に基く使用貸借の終了に基き、直之に対し、本件第四建物の収去および本件第二土地部分の明渡を求めるしまの請求も、また、理由がないものというべきである。

三  結論

以上判示したとおり、第九九〇七号事件についての原告しまの請求、第一〇、四六四号事件についての原告直之の各請求は、いずれもすべて理由がないから失当としてそれぞれ棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松村利教)

〈以下省略〉

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